クリーン作戦をしたとき集水桝の掃除をしていた近所の人が、ここは何回やっても放射能が高いから市に清掃してもらいたいとの話をしていた。市に電話したら「下水が入ったので定期的にやっていた集水桝掃除はやめた。よほど多くなって溢れるとしない限りやりません。」との回答。
放射能が高い集水ますが溢れるほどになったら、歩く人も子供も危ないではありませんか?
「都心にいちばん近いみどりのまち流山」は「都心にいちばん近く、掃除をしない放射能にあふれた流山」というのが正しいでしょう。
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南柏我が家の近くでとれた新茶をペットボトルに入れて市の放射能測定室へ。
2,6㏃出ました。(検出限界地値2,03)。飲料水は10㏃日本の基準ですが出ているのは間違いなし。
放射能対策課の話によると流山は基準値の5分の1までほとんどが下がっているから、2,6㏃あるのは高いほうだそうです。南柏の台地で水はけがよいところですが、お茶は放射能を吸収しやすいです。
子供や若者は飲料しないほうがベストです>
柏市のホームページで放射能関連情報を見ると、柏市内を車や歩行で測定し、
0,23以下と0,1以下を区別している。
0,23以下は国の基準で当たり前だが
肝心なのは0,1以下
なぜならば関東の比較的汚染が低い地域は0,1以下になっているから。

関東でいまどき0,23以下では完全な汚染地帯です。
少しまともな市ならば0,1以下を目指さなければ、住む気にはなれないでしょう。
住む人は何を大事にするかでしょう。流山のように汚染はほっておいても小中一貫校のような豪華校舎ををたてて「素晴らしいところだ」というところもあれば
コツコツと除染して「安全な街を目指そう」というところもあるわけです
逸話で「火事の時、宝石を持っていこうとして命を落とした」というのがあって、
聞いたときは「そんなバカなことが」と思っていましたが、
案外そんなことは起こるのです。
「きれいなビルや校舎を建てれば放射能はなくなる。病気にもならない」と宣伝している流山市に
あきれるばかりです。
火事は目に見えるが、放射能汚染は目に見えない、被害はずーっと先となると、
人々は目の前にある宝石の美しさにとらわれ、命の危険を顧みないわけです。
人間は文明が発達して賢くなったのでしょうか?